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CDの常識を変える!<ガラスCDへの道>
Extreme HARD GLASS CD(英文名)、
高品位ハード・ガラス製音楽CD(日本名)、ガラスCD(通称)
西脇義訓

■小さなレコード会社
 有限会社エヌ・アンド・エフは、2001年の9.10に福井末憲と私の二人で創業した小さなレコード会社です。世界が大きく変わろうとする、まさにその前夜に発足したわけですが、レコード業界ではすでに大きな変動の波が押し寄せてきていました。
 1982年にCDが登場して、急激に売上を伸ばしたレコード産業は、その普及がひと渡り終わると、売上が頭打ちとなり、やがて90年代の半ばからレコード会社の統廃合がはじまりました。(それから5年程して銀行、スーパー、百貨店、そして大型電気店の統廃合次々に起ってきます)
 90年代の後半からは、再発売のCDの価格がじりじりと下がりつづけ、廉価盤が大手を振るようになっていきます。
 これには87年に発足し、目覚ましい成長をつづけてきたNAXOSレーベルの影響が大きかったかもしれません。
 NAXOSレーベルはアーティストの名声にはこだわらずに、レパートリーの拡充に重点を置いた戦略をとりました。
 一方、それまでのメジャーと言われたレーベルは、どちらかというとアーティストの芸術性に重点を置いてきました。
 我々はフィリップス・クラシックスで育ってきましたが、フィリップスだけではなくDG、デッカ、RCAなどのクラシックレーベルは一枚一枚精魂込めて制作し、宣伝やマーケティングにも工夫をこらし、その価値を高めてきました。
 しかしその価値を、廉価盤の連発でまるで蛸が自分の足を食べるように、自らを破壊していくような状況に疑問を感じ、私が1999年、福井は2000年に勤務していたレコード会社を去りました。
 われわれは拡大路線は取らず、2人でできる範囲の仕事を納得行くまでやり抜こうと決意し、二人の名前の頭文字をとってエヌ・アンド・エフを会社名に、fine NFをレーベル名としました。

■SACDとガラスCDが両輪
 エヌ・アンド・エフは発足当初からSACD(スーパ・オーディオCD)に特化し、福井の長年の研究開発の成果であるSFネイチャー・サラウンド・サウンド方式で収録し、SA-CDを制作することを一貫して行ってきました。
 会社発足直後に発売した「長岡京室内アンサンブル/デビュー」(NF60101)は、CDからSA-CDへの移行がスムーズに行えるようにと考え出された、ハイブリッドSACDの日本における第一号となりました。
 会社が発足して5年目の2006年には、Extreme HARD GLASS CDのブランド名でガラスCD(通称)を発表しましたが、いままでの常識を覆すCDの登場は驚きをもって迎えられました。
 SA-CDとガラスCDは、エヌ・アンド・エフの言わば両輪であり、いずれも福井の長年の夢を実現したものです。
 今やiPodやNET配信によるダウンロードなど、パソコン周辺機器を使用する方向にオーディオの世界が大きく変わろうとしています。より便利になったように一見思えますが、その反面価格と共に品質も落ち、いわば負のスパイラルに陥ったディスクの価値を何とか引き上げたい、回復したいという願いを、SACDとガラスCDに込めているのです。
(創業した2001年にリリースを開始し、SACD普及のために推進してきたハイブリッドSACDの使命は、登場してから7年が経過し一定の役目を終えたと判断し、2008年にリリースした「神谷郁代のシューベルト」(CD:NF20503/SACD:NF60503)より、CDとSACDを分離して発売することにしました。この作品は演奏と共にSA-CDに対する意欲も評価され、第21回ペンクラブ音楽賞の最優秀アルバム賞(日本人アーティスト)を受賞しました。)

■ガラスCD開発の道
 ガラスCDの開発の歴史については別表をご覧いただきたいと思いますが、福井がガラスCDに最初に出会ったのは、1994年というから今から15年も前のことです。
 その背景には、国内プレス盤とグローバルにCDを配給する拠点であったハノーヴァー工場製ドイツ・プレス盤との音質差の解明と、国内の工場間の音質差の解明とうい二つの大きな課題がありました。
 我々2人が在籍した日本フォノグラムも後に3大レーベルが統合されて移ったポリグラム(現ユニバーサルミュージック)も日本には工場がなく、国内製造は国内の複数のプレス工場に委託していました。
 1982年にCDが世に出て数年後のこと、来日公演のために日本を訪れたあるアーティストが、数か月後にリリースされた自身のドイツ盤を聴いて、日本プレス盤とはテイクが違うのか?と指摘されたことがありました。
実は、日本プレスが始まった当初からの大きな課題でした。この差はどこから来るのか? 当時のドイツ盤は太陽にかざすとタイニー・ホールが点々とみられるなど、どうみても日本盤の方が工業製品としてはきちんと成型できているのに、音楽再現性ではあきらかに問題がありました。
 さらに、例えばカラヤン・アダージョのようなメガ・ヒットがでると、短期間に大量に製造するために、複数の工場に同一マスターを供給して一気にプレスするわけですが、工場によりCDの音質傾向が、聴き比べてみると驚く程違うことに福井はさらなる衝撃を受けます。
 「日本とドイツ、さらには国内でもプレス工場により音質傾向が大きく違うのは何故なのか?」「どうすれば工場毎でばらつきがない、高品位のCDを安定的に作ることができるのか?」
 そこで福井は、各プレス会社に協力を要請し、音質差の原因の究明を本格的に始めました。1985年ごろのことです。
 しかし、いくつかの仮説は立ったものの、原因解明は遅々として進みませんでした。

■生涯忘れられないガラスCDとの感動の出会い
 10年にもおよぶ歳月がむなしく流れましたが、1994年になって三洋電機(当時)岐阜工場のエンジニアI氏から、ある日ガラスCD持ち込まれました。
 同工場では、CDプレイヤーのピックアップ調整用に、2-3分の信号音を入れたディスクをガラス基盤で製造していました。しかし、そのガラスCDには信号ではなく全編音楽が入れられていました。
 一聴して従来のCDとは全く次元が異なるガラスCDの音楽再現力のすばらしさに感動した福井は「いつの日かガラスCDを音楽用CDとして世に出そう」と決意したのでした。
 ガラスCDとの出会いとその過程で、次第に国内盤とドイツ盤、プレス工場による音質傾向の差が起こるメカニズムが解明されていったのです。

■Extreme HARD GLASS CD《高品位ハード・ガラス製音楽CD》の完成
 エヌ・アンド・エフが発足して3年目の2004年に、高品位ガラス製音楽CDの開発は始まります。
 ガラスCDを持ち込んだI氏に、付加価値の高い音楽用CDとして商品化すること提案し、技術評価、音質評価から始まり、ケースの開発、ネイミングも含めてトータルで高品位のブランド価値のあるパッケージ・メディアを目指しての開発が始まりました。
 開発の途中で、三洋電機傘下の三洋マービック・メディア社は、メモリーテック傘下のトエミ・メディア・ソリュージョンズ社に併合されましたが、全社を上げて開発に取り組んでいただき、試行錯誤の結果、2年以上をかけてようやくExtreme HARD GLASS CD《高品位ハード・ガラス製音楽CD》を完成させることができ、2006年9月15日に共同発表をメディア、主要レコード会社、主要レコード店に対しておこないました。
 福井がガラスCDと出合ってからさらに11年、音質差の解明を始めてから20年もの歳月が流れました。
 第一弾のタイトルは「衝撃のfine NFクリスタル・サウンズ」(NF20001)で、fine NFレーベルのエキスとも言える音源を使用し、同一スタンパーでプレスした比較試聴用の通常CDも同梱しました。(2006年11月発売)


■メディアで大反響を呼ぶ
同年10月21日の毎日新聞夕刊社会面に掲載された、「ガラスに込められた音色の輝き~世界初夢のCD発売」の記事は、Yahoo News のヘッド・ラインになったこともあり大反響を呼びました。
 ネット上では、「CDの素材で音が変わるはずがない」という否定的な意見が多数飛び交いました。
 多方面のメディアからの取材が相次ぎましたがレコード芸術11月号で「聴いてびっくり N&FよりガラスCD登場」を皮切りに、オーディオ誌、音楽誌の高い評価が相次ぎ、しだいにガラスCDはその真価を認められるようになっていきます。

■ドイツ・グラモフォン社長マイケル氏が絶賛
 共同記者発表では、ガラスCDの様々な用途を提案していますが、歴史的な世界遺産とも言える音源のガラスCD化を各レコード会社に呼びかけました。ガラスCDが半永久的に保存できるメディアだからです。
 共同発表より10カ月余りして、ドイツ・グラモフォンの最高責任者であり同社社長の「マイケル・ラング」氏が来日された折、ガラスCDを試聴していただく機会が巡ってきました。ご自身音楽に造詣深く、オーディオにも関心の高いラング氏は、ガラスCDの素晴らしさに驚嘆、「クワイト・リマーカブル」(驚異的)と最高の賛辞を贈られ、ドイツ・グラモフォンの音源使用をただちに許諾されました。

■カラヤンの第九のガラスCD化
 その最初に選ばれたのが「カラヤンの第九」(IMGC9001)でした。
 当初マイケル氏は、DGのすべての音源はすでに192kHz/24-bitでアーカイブされているので、それをマスターとして供給すると言われましたが、オリジナル・マスターから直接トランスファーし、DSDマスタリングしたいという福井の強い希望を何度も伝え、ついにDGの本拠地、ハノーヴァーにあるエミール・ベルリーナ・スタジオを訪れることを許可されたのです。
 1962年録音のカラヤンの第9は、カラヤンがEMIからDGに移籍して最初に取り組んだベートーヴェン交響曲シリーズの1枚で、すでにSACDやオリジナルスCDでもリリースされていますが、どちらかというと甘美で洗練されたカラヤンのイメージに沿った印象の音づくりです。
 しかし、オリジナル・マスター(アナログ・テープ)に収められた原音は、剛直で熱気にあふれており、フルトヴェングラー時代のベルリン・フィル・サウンドをも感じさせるもので、極めつきはソプラノのグンドラ・ヤノヴィッツ歌唱です。録音して45年という歳月を乗り越えて、迫真の彼女のソロが眼前に迫ってきます。
 あるオーディオ店でデモ演奏を行いましたが、どちらかというとアンチ・カラヤンが多いと思われる大勢の方々が詰めかけ、なんとなくネガティブな雰囲気の中でデモが始まりましたが、会場は次第に熱気を帯び、「カラヤンでこんなに興奮し、感動するとは思わなかった。カラヤンを見直しました。」との感想を、多くの方からいただきました。
 かくいう私も、カラヤンとベルリン・フィル、合唱、ソロの凄さに圧倒され、加えて録音陣の意気込みと情熱をひしひしと感じました。誇りと情熱を持って、各レーベルが録音を積み重ねてきたことを再認識する機会となったのです。

■ブランドとしてのExtreme HARD GLASS CD
 Extreme HARD GLASS CDは、単にガラスCDにつけた名称ではありません。ポリカ基盤をガラス基盤にしたハード面だけではなく、マスタリングの技術、盛り込まれるソフトのクォリティ管理、ケースなどの外装、さらには宣伝、プロモーションを含む広義のマーケティング戦略をも含んだトータルとしてのブランド名なのです。マスタリングの技術は特に重要な要素です。
 ガラスCDは、CD規格規程書であるレッド・ブックに準拠した高品位CDです。
 CD製造のためには、工場へ送付するCDプリ-マスターが必要であり、今日その作成方法にも幾種類かあります。
 歴史的な音源を記録している貴重なマスターには、大きく分類してアナログ録音とデジタル録音があります。そのフォーマットはそれぞれの国情やレコード会社によってさまざまです。マスターである記録メディアもテープやディスクなど実に様々な形態で保存されています。
 特にアナログ・テープの扱いには危険が伴います。福井は40年以上のキャリアの中で、アナログ、デジタルに限らず、ほぼすべての形式のマスターから、最適のマスタリングを施し、オリジナル・マスターに記録された源音を忠実にCD化するノウハウを蓄積しています。DGもカラヤンの第九における福井のマスタリング技術を絶賛してくれましたが、実はこのマスタリングの技術はガラスCD制作においてとても重要な要素なのです。

■カラヤンの第九で分かったこと
 福井がドイツにあるユニバーサルミュージック・ハノーヴァー工場を訪ねてわかったことは、歴史と伝統を誇る、ドイツ・グラモフォン社のエミール・ベルリーナ・スタジオ内には、良く整備された巨大な4室のマスター倉庫があり、ドイツ・グラモフォンやロンドン・デッカ、そしてフィリップスといったメジャー・レーベル草創期からの数万巻にも及ぶ貴重なアナログ&デジタル・マスター群が静かに眠っていることです。ベルリーナの責任者によると、「これらマスターの一巻一巻は老朽化が進み、今のうちにきちんとしたリ・マスタリングによりトランスファーしておかないと、これら音楽作品は二度とオリジナルな再生音を得ることができなくなるだろう」ということでした。

■3種の高品位CDについて
 2007年9月に<カラヤンの第九>を発表して、2ヶ月後に明らかに<ガラスCD>の影響で、まずSHM-CDが発表され、その後HQCD,ブルースペックCDが参入し猛烈な勢いでリリースがされています。
 ガラスCDのひとつの狙いである、ディスク文化の再興隆という意味では、歓迎すべきことですが、SHM-CDとHQCDはガラスの透明度に注目し、ブルースペックCDはビット整形の精度を上げることに重点を置いているようであり、いずれも福井が到達したCDの音質改善の根本原理からはずれているのと、次から次へと大量にリリースされる新譜の中には、作品の選択肢や使用マスターに疑問を抱かせるものも少なくなくありません。各社の努力は評価しますし、配信に走った欧米に比して、日本がディスクで頑張っているのはうれしいですが、90年代に高音質CDを謳ったZEONEXやARTONなどの新素材を使用したCDが短期間で消えたことが頭をかすめます。

■ガラスCDは諸刃の剣
 ガラヤンが成功したことにより、にわかにレコード会社各社がガラスCDに注目することになりましたので、ガラスCDの企画を、多くの会社で発売されるようになってきました。
 それ自体は歓迎すべきことですが、Extreme HARD GLASS CDだけでなく、試作品も含めてガラスCDを数種類聴かれたある評論家は、『ガラスCDは最近相次いで登場した3種の高品位CDとは格段に次元が違い、演奏そのものの本質を露わにする、使いこなしを誤ると、逆にガラスCDが「角を矯めて牛を殺す」ことになりかねない。』と警告を発しておられます。
 我々も当初から何でもガラスCDにすれば良い訳ではなく、マスター音源の選択には十分な配慮が必要と訴えてきました。 ガラスCDはマスターの音質と音楽性を洗いざらいさらけ出すからです。
 マスタリングにも細心の注意が必要です。作品の選択も含め、やり方を一歩間違えると不本意なガラスCDができてしまいます。

■ガラスCDの2つの使命
 ガラスCDには2つの大きな使命があると考えています。
 その第1は、ディスクの価値を引き上ることです。
 冒頭にも述べましたが、近年iPodやネット配信などにオーディオの世界は大きく変わろうとしていますが、価格と共に質も落ちる一方であったディスクの価値を何とか引き上げたい、という願いがガラスCDには込められています。
 幸い日本では、ガラスCD発表後に高品位を歌うCDが各社から出されるようになり、成果を上げつつあります。
 ガラスCDは、天変地異の影響をほとんど受けない、永久不変のメディアです。
 世界遺産ともいえるディスクが、レーベルを超えて数多く存在します。
「カラヤンの第九」のガラスCD化でわかったのは、歴史的なディスク遺産とも言える貴重なマスター音源を、ガラスCDに永久保存することが急務であるということです。
 オリジナル・マスターからトランスファーして、永久に作品を<ガラスCD>で残す。これは我々の大きな夢であると同時に、ガラスCDの第2の使命だと思うのです。

■新たにセーラー万年筆と提携
 この2つの使命を達成するために、2009年11月に新たにセーラー万年筆(株)ロボット事業部と提携を結びました。
 ガラスCD発表当初より「ガラスCDは手作りが基本であり、一枚一枚丹念に製造することが命」と訴えてきましたが、 このことが新たに提携した理由のひとつです。

■ガラスCDが拓く大いなる夢
 フルトヴェングラー、カザルス、カラス、ワルター、グールド、リヒター、ハスキルなどなど、「カラヤンの第九」と同じように世界遺産ともいえる作品が、レーベルを超えて数多く存在します。
 オリジナル・マスターからトランスファーして、永久に作品を<ガラスCD>で残したい。これは我々の大きな夢です。
 仮に今から500年、1000年後、人類が滅亡し、光ディスクが存在した資料や形跡さえ消滅するほどのはるか未来に、何処からかガラスCDが発見されたとして、DVDやSACD のように複雑なデータ構成のオーディオ・ファイルとは異なり、CDの単純なPCMデジタル・オーディオ信号は、ただちに解析処理が成され、その再生音が時代を超えて鳴り響き、未来の人類(宇宙人?)に大いなるロマンと感動を与えるのではないでしょうか?
 ガラスCDでディスク文化の未来を切り拓くことができると確信していますが、それには各レコード会社が個々の事情を乗り越えて、日本のレコード産業全体の発展の問題として、大きく捉えていただく必要があります。我々はこれからも勇気をもってディスク文化の発展のために行動していきたいと考えています。
 これからのガラスCDの動向に是非ご注目ください。

■ガラスCD の開発のあゆみ(年表)
1980年代半ば 1982年にCDは世に出たが、その数年後に日本プレス盤とハノーヴァー(ドイツ)プレス盤で音質の差が出ることをアーティストなどから指摘され、福井は日本フォノグラム社の録音部長としてメカニズムの解明を始める。
同じく1985年ごろから福井は、社命により同一マスターで国内盤として製造するCDが、工場により音質傾向が異なることについても解明すべく、各工場の技術者と共に原因の追求を開始。しかし遅々として原因解明は進まず混迷を極めた。
1994年 三洋電機社岐阜工場でCDプレイヤーのピックアップ調整用検査信号ディスクとして製造されているガラスCDに、音楽を記録したものがI氏により持ちこまれ、今までとはまったく次元の違う音楽再現力に感動した福井は、いつの日かガラスCDを音楽用CDとして世に出すことを決意。プレス工場による音質差の原因も次第に明らかになり、録音、編集、マスタリング、プレスにいたるすべてのCD制作過程において、高品位ディスク制作のための理論とノウハウを確立していく。
2001年9月10日 有限会社エヌ・アンド・エフ発足。SACDを中心に録音、制作を開始。
2004年 三洋電機社岐阜工場の光ディスク事業は、三洋マービック・メディア社の所属となったが、検査ディスクとしてのガラスCDを、「音楽用CD」として商品化することをI氏に提案し、技術評価、音質評価から始まり、ケースの開発、ネイミングも含め、トータルで付加価値の高いハード・ガラス製音楽CDの共同開発が始まった。
2006年4月 三洋マービック・メディア社の光ディスク事業は、トエミ・メディア・ソリュージョンズ社(メモリーテック社傘下。東芝EMI社から2005年12月分離)に営業譲渡される。
2006年9月15日 音楽用ガラスCDを、Extreme HARD GLASS CD《高品位ハード・ガラス製音楽CD》として完成し、トエミ・メディア・ソリュージョンズ社と共に、メディア、主要レコード会社、主要レコード店に対して、第一弾として「衝撃のfine NF クリスタル・サウンズ」(NF20001)を11月に発売することを共同発表。以降、SACDとガラスCDがエヌ・アンド・エフ社の両輪に。
2006年10月21日 毎日新聞夕刊社会面の、「ガラスに込められた音色の輝き~世界初夢のCD発売」の記事は、Yahoo News のヘッド・ラインにもなったこともあり大反響を呼び、テレビを含む他方面のメディアから取材が相次ぐ。
2007年7月 メモリーテック社はトエミ・メディア・ソリューションズ社より岐阜事業所を分割統合し、岐阜工場はメモリーテック社所属となる。
2007年8月 来日したドイツ・グラモフォン社長マイケル・ラング氏が、Extreme HARD GLASS CD第一弾「衝撃のfine NF クリスタル・サウンズ」を試聴、「クワイト・リマーカブル」(驚異的)と最高の賛辞が贈られ、DG音源のリリースが許諾される。
2007年9月中旬 マイケル・ラング氏と交渉の結果、ドイツ・グラモフォンに保管されているオリジナル・マスター・テープからのダイレクト・マスタリングが許可され、福井がドイツ、ハノーヴァに赴きDSDマスタリングを実施。
2007年9月20日 ドイツからの帰国翌日に、ユニバーサルミュージック本社(東京)で、「カラヤンの第九」のガラスCDをExtreme HARD GLASS CDとして12月15日に発売することを、メディア、レコード店などの関係者に発表。
2007年11-12月 レコード芸術誌の「カラヤンの第九」のマスタリングの現地レポートや、オーディオ誌、毎日新聞、読売新聞などで次々にExtreme HARD GLASS CDは紹介される。
12月3日放映のフジテレビ系列「とくダネ!」のヘッド・ラインで、司会の小倉智明氏が、「カラヤンの第九」を開発経緯も含めて7分間にわたり紹介、大反響を呼ぶ。
2007年12月15日 「カラヤンの第九」がユニバーサル ミュージック社IMSよりリリースされる。 20万円の高額にも関わらず順調なスタートを切り、定限販売数をほぼ完売。
2009年11月17日 メモリーテック社との提携を解消し、新たにセーラー万年筆社ロボット事業部とExtreme HARD GLASS CDを共同開発し発表。
2010年3月30日 セーラー万年筆社ロボット事業部と共同開発したExtreme HARD GLASS CDが、第22回ミュージック・ペンクラブ音楽賞技術開発賞を受賞。
(同賞の@最優秀アルバム賞(日本人演奏部門)とA最優秀録音賞の両部門で、ユベール・スダーン指揮東京交響楽団のブルックナーの交響曲第7番がダブル受賞した)
2010年4月10日 上記の3賞受賞を記念して、ブルックナーの交響曲第7番のExtreme HARD GLASS CD(ガラスCD)特別仕様モデルを 20部限定で発売することを発表。
 
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